傷官:泄が過ぎたら、官の前に印があるかを見る
傷官も身を泄す。食神と同じ類であり、災星として別に断じない。甲木の傷官は丁火である。日主が生み出すが、陰陽は逆である。食神より鋭い。気はより外に出て、規則にもより突き返しやすい。泄がちょうどよければ、刃と工夫である。泄が過ぎれば、身は薄く引かれ、することは突き当たりだけで、収まりがない。
古くは傷官見官と言う。ここはその句を禍とはしない。官は身を克し、傷官は身を泄す。両方が同時に強ければ、日主はその間に挟まる。見るのは印があるかどうかである。印は身を生じ、傷官の一気をいくらか収めることもできる。印があれば、刃を仕事に戻せるかを先に話す。印がなく、すでに泄が過ぎているなら、さらに硬い規則を足して押さえない。先に、身が堪えられるところまで戻す。
傷官は、官を見れば敗けるのでも、傷官があれば賢いのでもない。泄身のもう一種である。喜ぶかどうかは、やはり身の強弱が先で、次に印があるかどうかである。
甲が丁を見て初めて傷官である。丁火が辛金に会って初めて、この篇の傷官見官である。盤に官がなければ、「見官」を先に書かない。官も印もあるなら、印は本当に日主を生じなければならない。隣の柱に水の字が一つあるだけでは、化解とは数えない。
出典は『子平真詮』の傷官を論じた箇所。本文は一念自身の読み方であり、古い口号の書き直しではない。