偏財:我が克すものが財。身弱では担えない
偏財は、日主が克す行で、陰陽が同じものである。甲木は土を克す。戊土が偏財である。我が克すものが財、とは、その資源を日主の力で取り、管理する、という意味である。扶抑では身を耗す。身を助けない。
身が強ければ、耗に堪えられる。偏財は動く機会になりうる。毎月決まった一筆ではなく、突然現れて、取るか取らないかを決める一筆である。身が弱ければ、同じ一筆が負担になる。克す力が足りなければ、財が多くても勝てない重さである。「偏財があれば稼げる」ではない。
正財との違いは入り方であり、吉凶ではない。偏は、月ごとに来ない種類である。偏だから悪いのでも、財だから喜ぶのでもない。先に、身がこの一度の耗に堪えるかを問う。堪えれば、機会を話す。堪えなければ、この一筆で盤全体の結論を替えない。
甲が戊を見て初めて偏財である。戊が比劫に合わされ、または冲かれて散れば、それは関係の拍子である。この篇が決めるのは、身を耗すかどうかだけである。身弱で勝てない、とは、日主がこの土を克しきれないことであり、金が必ず失われる判定ではない。
出典は『子平真詮』の偏財を論じた箇所。本文は一念自身の読み方である。